山ノ中ニ有リ>山行記録一覧>2006年山行一覧>朝日連峰・八久和川[1/5]
6月に所属した都庁山岳部から夏合宿のお誘いがあった。場所は山形県朝日連峰八久和川。八久和川は知らない川であったが、朝日連峰は知っていた。朝日連峰は行ったことのない山域だったので連れて行ったもらうことにした。特に朝日連峰の沢というと難しいイメージがあり機会を逃すと行けないと考えたためでもある。
行く場所が決まってから情報を集めにかかったものの、東北の沢は白神山地追良瀬川しか行ったことがないために情報源がほとんど見つからなかった。見つけられたのは「飯豊・朝日の沢」と「日本百名谷」で、あとはこの夏発行の「ヤマケイ・テクニカルブック登山技術全書4 沢登り」にちょっぴり紹介文が載っているのを見ただけだった。「飯豊・朝日の沢」と「日本百名谷」を今回のためにわざわざ買う気も起こらなかったので、情報は25,000分の1地形図と昭文社エアリアマップのみであった。遡行中はKさんとKさんが「関東周辺の沢」のコピーを持ってきていたのでそれを参考にした。さらに下山してから大学ワンゲルの部室にある「すぐ役立つ沢登り読本」に八久和川が載っているのに気が付いたので、この記録を書くのには「関東周辺の沢」と「すぐ役立つ沢登り読本」を参考にしている。
八久和川は朝日連峰北部を流れる川で長さは50kmほど。源は寒江山の北の三方境にあり、狐穴小屋の水場にもなっている。下流端では月山から流れてくる梵字川といっしょになり、最後は赤川として日本海に流れている。遡行対象となっているのは八久和ダムから上流の23km(「関東周辺の沢」による)であり、それもダムのバックウォーターがなくなって10kmほどは入渓せずとも道をたどって上流へ向かうことができる。それでも遡行距離は長く10km以上あり、遡行には3泊4日を要する。遡行過程では様々な要素がつまっており、その構成は、下流部で傾斜が緩くて水量が多くゴルジュでの泳ぎがあり、上流部で急に高度をあげて滝を越えて行き、最後には傾斜の緩い草原を詰め上げるという感じである。難易度は「関東周辺の沢」で5級、「ヤマケイ・テクニカルブック登山技術全書4 沢登り」で4級上である。私の実力からはギリギリでなんとかパーティーについて行けたところであったが、それなりに楽しめる沢であった。
0日目 |
2007年8月23日(水) |
新宿発快速ムーンライトえちご乗車(車中泊)
仕事を終えて家に戻り、山へ行く準備をして出発した。新宿駅に着くとちょうど列車が入線してくるところであった。今回座席はバラバラで同じ4号車のKさんは大宮で乗ってくるので座席に着いてさっさと寝た。眠かったので赤羽あたりですでに眠っており、大宮で乗ってきたKさんはあとで「口開いて寝てたよ」と言っていた。
1日目 |
2007年8月24日(木) くもり |
新潟=鶴岡=八久和峠…横沢出合先530m(泊)
八久和峠 | 9:00 |
9:12 | |
八久和ダム湖岸道に出る | 9:55 |
高安沢出合 | 10:15 |
445m付近 ブドウ沢?徒渉 | 10:25 |
10:43 | |
ムカゲ沢出合 | 11:50 |
12:25 | |
ハキダシ沢出合 | 13:30 |
13:43 | |
490m八久和川徒渉 | 14:00 |
14:15 | |
横沢出合先530m付近 | 15:06 |
19:30就寝 |
朝起きると新潟駅。まだ空は薄暗い。反対側ホームの村上行き快速列車に乗り換える際に他の4人のメンバーを確認し、列車の同じあたりに座った。朝が弱い私はそのまま眠り続け、村上で乗り換えても寝ていた。
鶴岡到着。鶴岡に着くまで鶴岡は酒田の北かと思っていたのだが、実際には逆で鶴岡は酒田の南であった。そのため「終点の酒田まで寝ていればいいや」と思っていた私は途中で起こされるはめになってしまった。青春18きっぷを使っていると酒田ではよく乗り換えるので酒田の印象は強いのだが、鶴岡は乗り換えたことがないので印象が薄い。しかし駅前に大きな廃ビルのある酒田と比べて、一応営業していそうな大きなビルのある鶴岡は酒田より栄えているように見えた。ちょうど私たちが乗っていた列車が高校生の通学に使われているらしく、駅前は高校生で混雑しており、風景以上ににぎわっているように見えた。
下山すると鶴岡に戻ってくるので着替えなどを駅のロッカーに入れる。ロッカーは1日300円であった。鶴岡で予約したタクシーに乗り八久和峠に向かうが、その予約したタクシーが何の行き違いか小型バスであった。予約の連絡をしたKさんとタクシーの運転手さんが予約内容について確認するが、Kさんの電話番号などが違うものの、行き先や他に八久和峠に向かう人がいないところからみてどうやら間違いないらしい。結局その小型バスに乗り込み八久和峠へ向かった。
入山口となる八久和ダムへはダムの下流側から達する方法と八久和川の隣の大鳥川から八久和峠を越えて達する方法の2つの方法がある。ダムの下流側から達する方法は道が荒れているため、今回は八久和峠から入山することにした。八久和峠越えの道はダムまで車道が通じているが、八久和峠の先のダム側で道が崩れているためタクシーは八久和峠までとなった。
タクシー、というか小型バスは大鳥川沿いの道を走り、八久和峠への分岐で行き先を改めて確認し、峠道を登って行く。細くて急な道であり、運転手さんの優れた運転技術によってバスは登って行った。ところどころで工事をしている枝道があり、工事看板が現れるたびにここで降ろされるかと思ったが、無事八久和峠までついた。料金は12000円。八久和川に行く人はまれらしく、運転手さんは「ここからどこに行かれるんですか?」と聞いていた。
八久和峠は尾根も谷もはっきりしない峠で、看板もない。ただ道に通行止めのゲートがあるので「峠かな」と思う程度である。そのゲートを通って八久和ダム側に歩き始めるとすぐ下り道となり、出発点が八久和峠だったと分かる。しばらくで小さい土砂崩れがあり、どうやらこの土砂崩れのためにこの道は通行止めになっているようだ。Hさんが「こんくらいの土砂崩れなら車通れるよ」と言っていたが、ここに車を通したところで困るのは我々や釣り師くらいなので通行止めにしているのだろう。
8/24 八久和峠。小型バスを降り、八久和ダムへ下る。 |
8/24 ブドウ沢出合。橋はなくコンクリートの基礎だけなので、沢に下りて渡る。かつて車が入れたのもここまでのようだ。 |
空はくもりだが日差しはあり、暑い。ぐにゃぐにゃと右へ左へ曲がりながら道は下る。道ばたに蛇がいたりして自然いっぱいの道だ。ときどき見えるダムには水が少なく泥が溜まっているように見える。下り始めて40分ほどでダム湖畔の道に達した。ダムは見えない。ここでダム湖畔の道を上流側にたどる。しばらくは車道が続き、車道終点近くになってオートバイが1台停まっていた。オートバイということはここへ戻ってくることが前提なのでたぶん釣り師だろう。沢屋なら稜線の狐穴小屋まで遡行するのが普通であり、稜線に達すると八久和ダムに戻ってくるのは難しいためである。やがて高安沢を渡って少しで車道はなくなる。車道がなくなるあたりから道は荒れ始め、草ぼうぼうになってくる。歩きにくいものの足もとの道ははっきりしているので迷うことはない。ブドウ沢とおぼしき沢で一本とる。両岸には橋の基部だけが残り、橋本体はない。ここは下から回り、沢床で一本。
沢を飛び石で徒渉して巻き道をたどる。ブドウ沢からは平坦な道が続く。しかし、等高線の詰まったところでは道は不明瞭になり、足下の狭いトラバースを強いられる。特に25,000分の1地形図でムカゲ沢(エアリアマップではスズクラ沢)と示された沢に出る手前では緊張するトラバースが続いた。ムカゲ沢に出たところで一本とるが、一番後ろを歩いていたHさんがばててしまった。いっしょに歩いていたHさんから人を呼ぶ声が聞こえたので、私が空身で戻ってみるとHさんがふらふらだったのでHさんのザックを私が背負ってムカゲ沢に出た。HさんがばててしまったのでここでHさんの荷物を分ける。私は器材を何も背負っていなかったのでHさんの背負っていた鍋を背負う。さらにドミノの要領でKさんの分担の行動食を持った。この荷物分けでHさんが水筒としてテルモスを持ってきていることが判明。みんなあきれる。冬では持ってくるのが当たり前だが、夏の沢登りでは持ってこないのが当たり前である。
8/24 はじめは踏み跡をたどれる。 |
8/24 ムカゲ沢(エアリアマップではスズクラ沢)を渡る。 |
25,000分の1地形図のムカゲ沢で休んだ後、10分ほどで次の沢(エアリアマップではムカゲ沢)を渡り、巻き道は続く。エアリアマップのムカゲ沢から15分で道が途切れる。正面に高さ10m、幅10mほどの土砂崩れがあり道が見つからない。とりあえず下を探してみるが見当たらない。次に土砂崩れの上部を見る。Hさんが木を腕でつかみながら強引に登りきり、道を見つけた。みんなそれに続く。
8/24 ムカゲ沢の次の沢(エアリアマップではムカゲ沢)を渡る。 |
8/24 ムカゲ沢の次の沢の先で土砂崩れを巻く。 |
25,000分の1地形図のムカゲ沢から1時間でハキダシ沢。ハキダシ沢近辺は平らになっており、左岸の台地にテントを張った跡があった。休むにもよい。平らで次の道が見つけにくいがやや下流側に道があった。さらに10分ほどでフタマツ沢。急に下って急に登る。フタマツ沢を渡ってから10分ほどは崖の上の平坦な道。と、赤テープが現れる。ここで八久和川徒渉。道はそのまま左岸に続いているので左岸沿いにもしばらく行けるのかもしれないが、ここはKさんらの資料に基づき、右岸に徒渉する。
8/24 ハキダシ沢で一本。平らな沢で幕営跡あり。 |
8/24 フタマツ沢を過ぎて八久和川へ下降。 |
急な道を木の根っこをつかみながら下降し、八久和川に出る。八久和川は広く、まだまだ沢というより川という表現が適当だ。ちょうど淵から瀬になるところだが、流速は大したことない。ここで沢タビに履き替え徒渉する。水深はヒザほどで問題なく渡る。渡ってからすぐ右岸に取りつき急な斜面を登りきる。登りきるとそこは地形図通り平らになっていた。あるのかな、と思っていた道は不明瞭なりにも途切れ途切れに続いていた。道が見つからないところは3人くらい並んで道を探しながら歩いたが、道でなくても平らなため歩けてしまい問題なかった。
8/24 八久和川を左岸から右岸に渡る。八久和川はゆったりとした流れ。 |
8/24 八久和川右岸の台地。平ら。 |
横沢出合が近づいてくると平らだった道も傾斜が出てくる。分散して不明瞭だった道もはっきりしてくる。歩きながらHさんの話を聞くと、昔は八久和川の奥に夏だけ人々が住んでおり、里との間に道があったそうだ。それが八久和ダムができたためか、時代を経たためか、人は里に下り、道も荒廃してなくなってしまったらしい。この八久和川入渓の道はその名残だそうだ。
横沢出合を過ぎて傾斜はいよいよ急になり、八久和川にも近づいてくる。小さな枝沢から河原に下りたところで16時といい時間なのでここで泊まることにする。場所は標高530m付近。河原に白い大きな露岩が続いており、美しい。その少し上に砂地があったのでそこを整備してテント1張り、ツェルト1張りを張った。Hさんが竿を出すが残念ながら1匹も釣れず。のんびりたき火してその日を終えた。
8/24 横沢出合を過ぎたあたりで八久和川に下りて幕営。 |
8/24 Hさんが竿を出したが釣れず。 |