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2006年夏 - 上越・谷川ヒツゴー沢


2006年8月19日(土)
場所
群馬県利根郡みなかみ町(旧水上町)/上越国境の山
コース
18日
新宿駅=高崎=JR上越線水上駅(泊)
19日
水上駅…谷川温泉…780mヒツゴー沢入渓…中ゴー尾根…肩の小屋…天神平…谷川温泉・湯テルメ谷川=水上駅
参加者
L. 東工大ワンゲル栗山(2)、青木(1)
天気
くもり
参考文献
参考リンク
2006年夏-上越・ヒツゴ沢の記録[東工大WV]
06上越・谷川ヒツゴー沢の地図

はじめに

 ヒツゴー沢は谷川岳南面の沢であり、谷川の一支流である。「ヤマケイアドバンストガイド 沢登り 入門とガイド」によればヒツゴー沢は一ノ倉沢の岩を登るための修行のステップの一つであり、丹沢の沢の後、このヒツゴー沢を登り、マチガ沢を登って、一ノ倉沢に取りついていたそうだ。そう考えると伝統のある沢であり、谷川岳周辺の沢でも有名な沢の一つである。今回は単に上越の沢で実力相応に登れそうなところで、まだ登ったことのないところという意味でヒツゴー沢になった。

 万太郎谷の項でも示した通り、私は夏になると上越の谷を計画する。万太郎谷の翌週は山に行かず母の実家に行ったので、その翌週はどこかに行こうと考えた。しかし残念ながらいつも一緒に行くワンゲルの現役は北アルプスで合宿中。そこで去年乗っていないカヌーに乗りたいと考え松原さんに連絡を取ろうとするが、万太郎谷で携帯電話を壊し連絡が取れなかった。と、その折、現役が合宿を途中で切り上げて帰ってきたという書き込みがワンゲルのチャットにあった。そこで連絡のとれる栗山に電話し、この週に沢に行くことになった。

 場所の候補としてあげたのは車ありなら巻機山米子沢、奥多摩丹波川本流、車なしなら上越ヒツゴー沢、西ゼンであった。私はその選択肢ならどれでもいいから、と参加を希望した栗山と青木に場所の決定を委ねた結果、上越ヒツゴー沢になった。青木が2週間前に行った万太郎谷のよさに引かれ、再度上越の谷を希望したらしい。また車は使えそうだったが、帰りにお盆帰りの渋滞に巻き込まれる可能性があったので避けた。

0日目

2006年8月18日(金)

新宿駅=高崎=JR上越線水上駅(泊)

 前夜発で登山口のJR上越線水上駅に向かう。新宿集合。18きっぷで乗車。湘南新宿ライン高崎行きに乗り、高崎で水上行き列車に乗り換えるが、高崎行きの列車が遅れたため予定の水上行きに乗り換えられず、終電で行くことになった。栗山も青木もよく寝ていたが、私はあまり眠れなかった。今回私が日曜中にメガネ屋に行ったり60cm程度の定規を買いに行ったりしたかったため、夜行日帰りになったが、同行する栗山は学生でまだ夏休みである。そのため栗山はヒツゴー沢のあと土合に下り、ナルミズ沢か白毛門沢を登る用意をしておけばよかったと後悔していた。

 水上駅に着いて谷川温泉行きのバスの時刻を確認すると第1便が10時と非常に遅かった。したがって朝起きたらタクシーを呼ぶことにする。明日の足をかくにしてからトイレの前に銀マットを敷き、4時まで睡眠をとった。栗山は銀マットを忘れてきたので青木の銀マットと私の銀マットを合わせ、銀マットの境界で寝ていた。

1日目

2006年8月19日(土) くもり

水上駅…谷川温泉…780mヒツゴー沢入渓…中ゴー尾根…肩の小屋…天神平…谷川温泉・湯テルメ谷川=水上駅

コースタイム
JR上越線
水上駅
4:30起床
5:00
谷川温泉5:40
ヒツゴー沢入渓
780m
6:55
7:25
1100m付近9:10
9:20
1250m付近雪渓下10:33
10:43
水涸れ水汲み11:00
11:05
1500m二俣11:15
中ゴー尾根に出る12:05
谷川岳
肩の小屋
12:33
13:00
天神平14:00
14:25
湯テルメ谷川15:46
17:08
JR上越線
水上駅
17:20
18:36就寝

 4:30起床。外はまだ暗い。水上駅前の関越タクシーの扉をノックするが誰も出ない。電話しても誰もでない。夜明け前ともなればやはり予約は必要だったのだろう。幸い谷川温泉は水上から2kmほどの道のりなので歩いてアプローチすることにする。

 利根川を渡り、谷川岳から南に派生する尾根を乗り越えて谷川の谷に入る。たぶん谷川岳はこの谷川の奥に位置するから谷川岳という名前なのだろうと思った。谷川沿いの車道はしばらく森の中で殺風景だが、尾根を乗り越えてから20分ほどで谷川温泉の温泉街に入り、にぎやかな風景になってくる。途中、日帰り入浴のみの町営の温泉、湯テルメ谷川の場所を確認し、谷川沿いの車道を奥へ詰めて行く。

 車道は温泉街を抜けて砂利の駐車場を過ぎた後、最後に東京大学の宿舎で終わりになる。そこから登山道に入る。登山道は谷川のそばではなく、谷川の左岸上の方につけられている。登山道は入渓まで終始谷川左岸に付いていた。はじめやや急な斜面で苦労するが、すぐ水平な道になりよく踏まれていて歩きやすい。途中でいくつか枝沢を渡るが、とりわけ630m付近で左岸に入ってくる枝沢が顕著である。枝沢には橋がかけられているが、古く傾いていたり頼りないものが多い。なのでそっと1人ずつ渡った。660m付近では谷川を横断する送電線の巡視路が登山道から分かれており、送電線は木に隠れて見えないものの現在地確認ができた。

 やがて牛首。沢が西向きから北向きに折れ曲がるところだが、少し平坦になって看板がいくつかあるだけで取りたてて珍しい場所でもない。看板も「<二俣|谷川温泉>」というものなどで「牛首」という看板はなかったような気がする。牛首から二俣まではときおり河原の中に道があり、あちこちにペンキがついていた。また登り下りしにくいところには鎖も付けられており、道は一応整備されていた。ただし、道はやや荒れ気味で牛首までと比べて登り下りが多く、ところどころ淵もあり泳いだら気持ち良さそうだったが、まだ6時頃で気温が低く淵に入る気は起きなかった。

 川が左に曲がるあたりで河原の岩に示されたペンキに従い河原から左岸に登ると、そこが二俣であった。二俣とは川の流れから察するに谷川本谷と、ヒツゴー沢・オジカ沢との二俣だと思うが、登山道の点からいうと谷川岳〜万太郎山の稜線に出る中ゴー尾根コースと熊穴沢避難小屋に出るいわお新道との分岐であり、流域の二俣の少し下流に分岐の看板がある。「アルペンガイド3 上信越の山」によれば二俣は沢登りする人たちのベースキャンプとなっており数多くのテントが張られたそうだが、現在は草が伸び放題で3張程度しか張れない。続く中ゴー尾根ルートもいわお新道も踏み跡に草が生えており、入る人が少ないのがよく分かる。

 ヒツゴー沢入渓点へ向かうため中ゴー尾根ルートをたどり始めるが、道がない。沢と周囲の河原が雪崩でやられたのか倒木だらけで踏み跡をたどることができない。5分ほど歩いてリーダーの栗山にさっさと入渓して倒木のない沢の中を歩くことを提案し、了承される。

 倒木をくぐったりして河原へ。そこで靴を沢タビに履き替えるが、その瞬間その場はパニック状態に陥った。足にはヒルが各自2,3匹付いており、靴にも血を求めて動くヒルがうねうね動いていた。「ウワー」とか叫び声をあげながら葉っぱでヒルをむしり取り沢に流す。葉っぱを使ったのは手にヒルが移動しないようにするため。ヒルは体長2cmほど、太さ3mmほど。小さいからまだ血を吸い始めて時間は経っていないらしい。靴からヒルを除去し十分に確認した後、沢タビに履き替える。荒廃した道とヒル騒動で入渓前からだいぶやる気をそがれた。

 入渓してしばらくでヒツゴー沢とオジカ沢の二俣に出る。その間にはずいぶんやせた中ゴー尾根があるがそこに取りつくルートは見えなかった。そのためヒツゴー沢を詰めて中ゴー尾根を下るというコースどりは下りの選択肢から遠のいた。

入渓点の広い河原
8/19 入渓点の広い河原。最初の7m滝が遠くに見える。
7m滝下部を登る栗山
8/19 7m滝下部を登る栗山。

 ヒツゴー沢は広い河原になっており、水がない。こんな沢に滝があるのだろうかと歩いて行くとオジカ沢との二俣からすぐ滝が見える。河原が急に狭くなって一本の滝をかけており、まるで通せんぼするようだ。見える7m滝も遠目には難しそうで「ここが登れないならさっさと帰れ」といわれているようだ。しかし取り付いてみると意外に右から簡単に登ることができた。最初の7m滝の上は左に曲がってまた7m滝。1枚の岩盤に水が流れており、いかにも上越の沢らしくなってくる。ここは水流の左側を登る。続く小滝を越えて逆くの字滝15m。実際には順くの字と直瀑の二条滝に見える。ここも水流の左寄りを登る。いきなり水をかぶるようなところで楽しい。

7m滝上部を登る青木
8/19 7m滝上部を登る青木。
逆くの字滝15m
8/19 逆くの字滝15m。順くの字と直瀑の二条滝に見える。

 その後はしばらく平和なナメが続く。滑り台もあり、2カ所で滑った。途中水流の中のスタンスを大股で求めなければならない滝では青木が少し苦戦した後越えてみせた。その後栗山も私も挑戦したが、バランスがとれず青木にテープで引き上げてもらった。この山行の各メンバーの実力が如実に現れた瞬間であり、その後にも何度か青木には優れたクライミングセンスを見せつけられた。

小さな滑り台を滑る青木
8/19 小さな滑り台を滑る青木。
小滝群を登る
8/19 小滝群を登る。

 途中、現在地確認のために少し止まり、栗山と地図を見て相談する。後ろにいた青木に現在地を教えようとナメを少し下った瞬間思いっきりこけた。側転するように横向きにきれいに滑り、肩とほお骨を強く打った。滑り方が見事で5秒ほど動けないくらいの痛みであった。1日経った今でも押すと痛い。その後はしばらく左ほおをさすりながら登っていたが腫れていた。心もダメージを受け、その後滝に正面から挑戦することはせず、最も無難な道を探し歩いていた。

3段20mの滝
8/19 3段20mの滝。下段は簡単。
3段20mの滝上部
8/19 3段20mの滝上部。落ち口を登れるかどうかのぞき込む青木。右から登った。

 沢が右に曲がるところで3段20mの滝。下段中段は水流の右側を登って行く。上段は最初に取り付いた青木が中央突破を試みるが難しいようで右から回った。上部は左に曲がっており、そのトラバースには残置テープがあった。この3段20m滝を登って一本。

 一本の間にザックの天蓋を確認してみると水が入っていた。前回万太郎谷で携帯電話を浸水させてしまったので心配していたのだが、携帯電話を入れていたジップロックの締めが甘かったようで水が入っていた。しかし水に浸かった訳ではなく、携帯電話は無事動いた。

 そのあと今回の核心部となった10mトイ状滝。10mトイ状滝の手前にも2つ滝が連なっており、全体で3段20mくらいに見える。10mトイ状滝までは各自好きなルートで取りつき、右から巻いたり水流沿いに登ったりした。10mトイ状滝には青木が先行して取りつき、すたすたとこなしてしまった。次に栗山が取りつく。左の凹角から登るがホールドがない。しばらく苦戦した後、青木からシュリンゲを出して引っ張りあげてもらった。最後に私も取りつくがやはり登れず栗山同様引っ張り上げてもらった。登ってから青木にどうやって登ったのか聞くと、栗山と私が挑戦した凹角ではなく、水流沿いにルートをとったそうだ。しかしその場で振り返ってみても、あとで写真を見返してみても水流沿いにルートは見えないのだが、どうやって登ったのだろう。

奥に10mトイ状滝
8/19 谷が狭くなる。奥に10mトイ状滝。
10mトイ状滝を登る栗山
8/19 10mトイ状滝を登る栗山。それを見下ろす青木。登れないので後で青木に引っ張り上げてもらった。

 その後も小滝をいくつかかけて登って行く。10mトイ状滝から15分ほどで20mトイ状滝。滝に覆いかぶさるように右から平たい岩が張り出しており、水流を隠している。したがって水流沿いはチムニー状になっているのだが、トップを歩く青木は少しそのチムニーをちょっとのぞいてそこを登るのを諦めていた。ルートは覆いかぶさっている平たい岩の上。見た目ほど傾斜は強くないので簡単に登れる。上部は水流に沿って登る。

登りにくかった小滝
8/19 登りにくかった小滝。
20mトイ状滝をのぞき込む青木
8/19 20mトイ状滝をのぞき込む青木。右側から登る。

 その後ちょっとした小滝があって青木がまた正面突破するが、栗山はしばらく取りついた後、諦めた。私もちょっとだけ取りついてみたがホールドがなく登れなかった。その後はしばらくナメ滝が続き、歩いていて気持ちよい。15分ほどで雪渓の壊れた雪の塊が現れる。冷たい冷たいといいながら通過すると10m滝。右から登る。上部がハング気味でスタンスをとりにくく、栗山が苦戦していた。青木はもちろん立ち止まることなく登っていた。この10m滝が最後の顕著な滝であった。振り返ると眺めがよく、だいぶ登ってきたのが分かる。谷川本谷の方に関越トンネルの通気口があり、万太郎谷の通気口と同じ円柱形をしているのが見えた。

20mトイ状滝上部を登る栗山
8/19 20mトイ状滝上部を登る栗山。
沢を振り返る栗山
8/19 沢を振り返る栗山。けっこう高い。

 1250m付近で右に小さな沢を分ける。本流にはだいぶ薄くなったスノーブリッジがあった。このスノーブリッジの下流側で一本とる。スノーブリッジは泉のように冷たい霧を吐き出しており、風道で休むとかなり寒かった。スノーブリッジの先は霧で全く見えない。ここで栗山と現在地確認するが、地形図の「ヒッゴウ沢」(地形図ではヒツゴー沢でなくヒッゴウ沢と示されている)の文字の位置が栗山の地図と私の地図で異なっており、照合に時間がかかった。これまで私は記録を記すとき、地点を示すために標高を用いずに「○×谷の○の字のあたり」という表現をすることもあったのだが、これは一地点を確実に示すことができないことが分かった。標高が単調増加する沢登りの場合は標高で地点を表現するのが確実であると思った。

崩壊したスノーブリッジ
8/19 崩壊したスノーブリッジ。ちょっと夏山の風景には見えない。
水量は少ない
8/19 崩壊したスノーブリッジを過ぎると水量は少ない。適当なところで左に支流に入る。

 このスノーブリッジは下から手早く通過。その先は崩壊したスノーブリッジのかけらが散乱しており、大きな雪塊の上を慎重に歩いて行く。白い雪塊に囲まれ霧の中を歩く様子は日本離れした風景であった。途中、雪玉の浮いた水たまりもあり、誤って足を突っ込むとかなり冷たかった。

 雪の塊を乗り越えるといよいよ水量が少なくなる。水がなくなったあたりで水を汲む。しかし、そのあと1500m付近で二俣になり、左俣に水が復活していた。左は狭いものの水が流れており、右は開けているが水はない。栗山に判断させた結果、水流のある左へ行く。左俣はしばらく水流が続く。やがてまた二俣。ここでまた左俣だけ水が流れているので左俣を登るとすぐ水流は消えて笹薮になってしまった。

 ここからヤブを漕いでの詰めに入る。規模は小さいながらも谷の地形は続いているので足下に笹はかかってこない。頭ほどの高さの笹を引っこ抜くように引っ張り登って行く。急な傾斜でけっこうしんどい。気がつけばガスの中で遠くが見えない。いったん傾斜がゆるくなるので稜線かと期待したが稜線ではなかった。ちょっとしたハゲがあり、そこからまた急な草付きのルンゼを登って行くと中ゴー尾根に出た。栗山は湯檜曽川本谷万太郎谷と上越では詰めの楽な沢を登っているので、このヒツゴー沢の詰めにはだいぶ閉口したらしい。私も上越の谷では栗山の行った沢に加えて白毛門沢ナルミズ沢を登っているがどちらも笹ヤブを漕ぐことはなかったのでしんどかった。とはいえ、丹沢でも奥秩父でもどこであれ沢の詰めはヤブだと思っているので、栗山ほど気落ちはしなかった。

中ゴー尾根に出るところ
8/19 中ゴー尾根に出るところ。笹ヤブを20分ほど漕ぐ。中ゴー尾根の道は頼りなかったので天神平経由で谷川温泉に下る。
谷川岳避難小屋で一本
8/19 谷川岳避難小屋で一本。

 中ゴー尾根は谷川岳の西側の稜線から南へヒツゴー沢出合まで伸びており、登山道がついている。これを下ればヒツゴー沢出合を経由して谷川温泉に戻ることができ、下降路としては一番早い。しかし中ゴー尾根は踏み跡はあるものの踏み跡に草が生えており、道としてかなりあやしい。アルペンガイドにも「上部はやせた岩稜で事故も多い。この尾根を下降路とするのは、クライミングや沢登りの経験者以外には勧められない」とあり、素人向きではないようだ。中ゴー尾根を下って行くとヒルに食われたヒツゴー沢出合を通過することにもなるので、私たちは中ゴー尾根を登り谷川岳肩の小屋で再度下降路を検討することにした。

 中ゴー尾根を登り始めて10分で谷川岳西側の稜線に達する。やっとまともな道に出てほっとする。しかし笹ヤブの詰めと急な中ゴー尾根とでだいぶ疲れていた我々はカタツムリのような歩みで肩の小屋へ向かった。青木に「先行って肩の小屋で待っててもいいよ」と言ったが青木は「いや、いいっす」と言って私と栗山と同じペースで歩いた。それが私たち同様疲れていたからなのか先輩に対する気遣いなのかは分からなかった。

 肩の小屋へはいくつか岩峰を巻いて行く。万太郎谷の詰め上がるポイントに達するといよいよ肩の小屋が見える範囲にあるのがわかったのでそのままのペースを保持して歩く。今日はガスなので残念ながら肩の小屋は見えない。小屋にたどり着いて一本とる。

 肩の小屋は人が多かったが、水上駅から肩の小屋まで人に会わず、有名なヒツゴー沢なのに珍しいと思った。肩の小屋はそれまでと対照的にひっきりなしに人が通り過ぎて行く。ここでギアを解除。沢タビを脱いでヒルがいないかどうか確認する。幸い誰にもヒルは見つからなかった。沢の中でヒルに会わなかったということはやはり谷川二俣からヒツゴー沢にかけてのヤブでヒルに食われたのだろうと思う。休んでいると一人のおっちゃんが話しかけてきて、ヒツゴー沢に雪が多かったかどうか聞かれた。南側なのにスノーブリッジもあって意外と多かった、と返事したら、ナルミズ沢も湯檜曽川本谷もまだ雪が多くて湯檜曽川本谷は十字峡から先、雪に埋まっていると入渓した人から聞いたと言われた。ソースがいつの時点の話なのか分からないが、今年は雪が多いのは確かそうだ。谷川岳の山頂(オキの耳)はすぐそこだが、ガスっているのと人が多いのと2週間前の万太郎谷のときに登ったのとで登る気が起こらず誰も登らなかった。

 肩の小屋からの下りを検討する。西黒尾根を下ってJR上越線土合駅に達するルートは土合駅の列車の時刻に間に合うかどうか危ないため諦める。天神平から保登野沢沿いの道を下り谷川温泉に下ると決める。天神平への道はこれまでと比べて人が多く、ロープウェイで来ている人もいるので足がスニーカーだったり子供もいたりと下界度が一気に高まる。石がごろごろして下りにくい道を下って行く。ある程度下るとガスが晴れた。ヒツゴー沢対岸の中ゴー尾根が見え、下部には確かに道らしき切り分けが見えた。ヒツゴー沢は谷なのであまり見えなかった。どうやら1600mくらいから上だけガスっているようだ。

 急な道を下って行き、熊穴沢避難小屋。ここで谷川二俣に下るいわお新道が分かれるが、リーダー栗山は天神平への道を即決。たぶん二俣付近にヒルがいるのと二俣付近の道が不詳だったからだろう。熊穴沢避難小屋を過ぎて道は緩やかになり木道もあったりして歩きやすくなる。そして天神平に出る。

 天神平は谷川岳ロープウェイの山頂側の駅があるところ。名前の通り傾斜が緩やかで木がなく、冬はスキー場にもなる。リフトもあり、観光客も多い。ロープウェイ駅前では冷えた缶ビールが売られていた。そして小学生が遠足に来ており、単色のゼッケンを付けてあちこち走り回っていた。下界度は高い、というよりもはやここは下界である。ここでしばらく休む。そしてあろうことかリーダー栗山は居眠りをはじめた。その時点で私はロープウェイで下界へ下ると確信し、ロープウェイの料金を調べたり、平らな草地で側転などしていた。

 10分ほどしても栗山は起きないので、ヒザをたたいて起こした。そして「ロープウェイいくらですか」と聞くので「1200円」と答えた。それを聞いた栗山は「たけえ」と顔をそむけた。その意味するところは「歩いて下る」というものだった。私はロープウェイで下るという予想が外れたのでかなり驚いた。そして本当に歩いて下るのかどうか疑念の晴れない私は準備にもたもたし、その間に栗山と青木はザックをしょっていた。腰ベルトも付けており明らかに歩いて下るようすだ。準備したらさっさと出発する。私は動揺しながらおたおたと付いて行った。

天神平で居眠り
8/19 天神平で居眠り。
天神平から谷川温泉へ下る
8/19 天神平から谷川温泉へ下る。遠くに水上の街が見える。

 天神平から谷川温泉へは、まず天神峠へ登りそこから保登野沢へ向かって下って行く。天神峠は大して高くなく、天神平の休んだところから見えるところだったのですぐ着いた。保登野沢への道に入ると人はおらず、その道は細いけれどもしっかりした道であった。正面には水上の街が見えだいぶ遠く見えた。あそこから歩いてきたと思うと感慨深い。

 保登野沢沿いの道は事前に調べていなかったが、意外と歩きやすく中ゴー尾根よりはよっぽど安心して下れるものだった。途中で保登野沢を何度か渡り返し、最後左岸沿いの道になって平坦になるとホワイトバレースキー場の上部に出た。そこから車道を歩き谷川温泉へ下った。

 町営の温泉、湯テルメ谷川に着いたのは15:46。水上駅を朝5時に出てから11時間弱の行程であった。なかなか疲れた。ゆっくり湯に浸かって休み、東京へ帰った、と書きたいところだが、話はそこで終わらなかった。更衣室でシャツを脱いだ栗山にヒルが一匹。洗い場で体を洗っていた私に一匹、風呂を上がってから2階で休んでいた青木の足に流血(ヒルは見つからず)。どこも人の多いところだったので息を殺しながらパニックに陥る。やつらは沢を遡行中にとりついたのか、ヒツゴー沢出合で取りきれず足に付いたままだったのか。それは分からないが、はじめから最後までヒルに悩まされた山行になったのは確かであった。帰りのバスでも運転手に「ヒルいなかった?」と聞かれた。最近ヒルが出るようになったのか昔からヒルが出るのかしらないが、ヒル対策を施さずに谷川二俣付近に近づくのは危険なようだ。

 水上駅でラーメンきむらに寄ってジャージャー担々麺を頼み、晩飯とする。栗山と青木は半ライスも頼んでおり、ラーメンの汁まで飲み干していた。今度こそあとは上越線を乗り継ぎ、東京へ帰った。

おわりに

 ヒツゴー沢は登攀の要素が多く、一方でザイルを出すことはなく、私たちの実力相応に楽しむことができた。また青木のクライミングセンスには何度も驚かされた。クライミング能力には経験だけでなく天性も大きく左右されるのだなと感じた。体力もあるので期待できる逸材である。

 以下、ヒツゴー沢を登る人に留意点を述べる。時間はけっこうかかったので、人数が多かったり、ザイルを出したりすると日の入り近くに下山することになるだろう。また下降に中ゴー尾根を使うのは難しそうなので、中ゴー尾根を下降の第一候補にするとしても、他の道を選択肢に想定しておいた方が無難だろう。

 そして私たちはヒルの恐怖を忘れるまでヒツゴー沢を再訪しないだろう。

(2006年8月20日記す)


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