JTB時刻表を見る機会があり、手に取った7月号の表紙に「札沼線 最後の夏」の文字が見えた。札沼線は盲腸線にも関わらず、終点の新十津川駅が函館本線滝川駅に歩いて行けるほど近く、盲腸線に片道しか乗らないコースが取れる。ここ何年か新十津川駅は1日1本しか走らず日本一終電の早い駅として取り上げられている。
いつか行きたいと思っていたのだが、廃線になると聞いて乗りに行くことにした。廃線が決まってから乗りに行くのは葬式鉄などと呼ばれあまりよい印象がないのだが、前から考えていたのでブレーキにはならなかった。
さて、札沼線に乗りに行くとして北海道に行くのにそれだけではもったいない。旭川が近いので大雪山も悪くないが、登ったことがあるので他の山に行きたい。そこで海からそびえる利尻山に行くことにした。単に立派な山容に惹かれることもあるし、いま島に住んでいて他の離島に興味もある。また、日本最北端の宗谷岬にも行ってみたい。そういった複数の理由が重なり利尻山に行くことにした。
利尻山は日本百名山の1つである。深田久弥は著書「日本百名山」の1番目に取り上げ、以下のように書き出している。
礼文島から眺めた夕方の利尻岳の美しく烈しい姿を、私は忘れることが出来ない。海一つ距ててそれは立っていた。利尻富士と呼ばれる整った形よりも、むしろ鋭い岩のそそり立つ形で、それは立っていた。岩は落日で黄金色に染められていた。
深田久弥「日本百名山」(新潮文庫,1986)P.10
日本百名山に登るのはたぶん52座目54座目。4年前の蓼科山以来である。
かつて利尻山には鴛泊、鬼脇、沓形からの3つの登山道があったそうだが、鬼脇からの登山道は廃れ、地形図には記載されていない。同じコースを往復するのは面白くない。沓形からの登山道は岩場、雪渓、落石の多発するガレ場の通過など難しいところが連続
(利尻島観光ポータルサイト りしぷら)するそうなので、沓形から登ることにした。宿を鴛泊にとっており、宿にお願いして朝、沓形まで送ってもらうことにした。鴛泊に下山するため、下山後の交通手段が不要となった。
なお、この山は国土地理院の地形図では利尻山(利尻富士)、日本百名山では利尻岳と呼ばれている。本記録では国土地理院の呼称に従い利尻山と呼ぶ。
0日目 |
2019年8月31日(土) くもり |
羽田空港=稚内空港=稚内港=利尻島鴛泊港…民宿なり田
羽田空港から稚内空港行きのANA573便に乗る。北海道で強い雨が降り天候調査中だったが、羽田引き返しまたは新千歳空港着陸の可能性がある条件付きで運行となった。新千歳に降りたらどうしよう、札幌から夜行バスあるかなとか気を揉んだが、無事稚内に着いた。稚内も雨上がりで傘はいらなかった。
空港を出ると宗谷バスが混雑していたが、臨時便を出してくれたので座ることができた。バスを終点で下車し、ハートランドフェリーの切符を買った後、セイコーマートまで歩き、行動食を買った。ハートランドフェリー2等2500円はそこそこ混んでおり、18:20に利尻島鴛泊港に着いた。島の東を向いた鴛泊港はすでに薄暗く、予約した民宿なり田まで迷いながら歩いた。
宿についてすぐ晩ご飯であった。晩ご飯に同席した他の2人も利尻山登山を目的としていて意見交換する。1人は私同様今日羽田空港を出て、札幌で乗り換え利尻空港に着いたとのこと。バス乗り換えが不要で私より先に着いていることからするとその方が楽なのかもしれない。
2人とも鴛泊登山口からの往復を予定していて、1人は宿に送ってもらい、1人は自分のバイクで往復するとのことだった。沓形からの登山は私だけで、鴛泊登山口の送りを終えた後、送ってもらうことにした。宿の主人に聞いたところ、この夏に沓形から登る宿泊客は私以外にもう1組だけだったという。晩ご飯を食べ終わって、翌日のお弁当をもらった。
日帰り |
2019年9月1日(日) くもり |
民宿なり田=沓形見返台公園駐車場…利尻山…鴛泊北麓野営場=利尻富士温泉=宿
沓形登山口 | 5:40 |
5:42 | |
旧登山道分岐 | 5:47 |
6合目 | 6:15 |
7合目避難小屋 | 6:32 |
6:47 | |
8合目 | 7:26 |
8.5合目 | 7:45 |
9合目三眺山 | 7:55 |
8:11 | |
親不知子不知 | 8:32 |
沓形分岐 | 8:46 |
利尻山 | 9:02 |
9:24 | |
沓形分岐 | 9:36 |
9合目 | 9:52 |
8合目長官山 | 10:20 |
10:36 | |
第2見晴台 | 10:44 |
7合目胸突き八丁 | 11:02 |
6合目第1見晴台 | 11:15 |
11:35 | |
5合目 | 11:47 |
4合目 | 12:06 |
3合目甘露泉水 | 12:26 |
北麓野営場管理棟 | 12:35 |
12:48 |
朝4:30に起き、5:10に宿から送ってもらう。30分ほどで沓形登山口に到着する。途中、車に会わないし、駐車場にも車は停まっていない。よっぽど人が少ないようだ。入り口の看板でツタウルシとオオハナウドにかぶれないよう注意と書かれた貼り紙を見る。
歩き始めが下りからのトラバースで登山道なのか不安になるが、旧登山道と合流すると登り道になる。笹原の道はところどころ木の階段がしつらえてあるが、昨日の雨で水が流れていて歩きにくい。飛び石を渡ったり階段を選んで登るが、ぬかるみに足を取られて両足ともずぶ濡れになった。今回登山靴ではなくただの安全靴を履いているので透水性は抜群だ。
9/1 閑散とした沓形登山口から出発する。 |
9/1 沓形登山道には前日の雨が流れていて歩きにくい。 |
登山口から1時間足らずで7合目避難小屋に着く。小屋の中はベンチと登山道の修理道具が置かれている。コンクリートの床は割れていて谷側は傾いているのかもしれない。外で休むと少し寒いので中で休ませてもらう。宿でもらったバナナを食べ、外に出ようとしたら頭をぶつけた。歩こうと思ったが靴下がグチョグチョで気持ち悪いので靴を脱いで絞った。ついでにジャージ下も脱いで絞る。誰もいないのでやりたい放題である。
9/1 7合目避難小屋の中は土間だけで泊まるのは寒そう。 |
9/1 8.5合目携帯トイレ専用ブース。 |
歩き始めて笹原がハイマツに変わり、礼文岩に着く。周りはガスで行く先の山が少し見えるだけだ。ソバナみたいな花やウスユキソウに似た花が咲いていた。道は稜線の上や北側、南側を登っていくが、南風が冷たい。8合目を過ぎて8.5合目の携帯トイレブースで休もうかどうか悩む。休むとちょっと寒いし、建物の中の方が暖かく臭いがあるわけでもない。でも中途半端なので9合目三眺山まで登ることにした。
ひとしきり登ると9合目三眺山。まわりは真っ白で何も見えない。看板があるので行き先がわかるだけだ。南風が寒いのでカッパを着て北側で休もうとするが、平らな山頂ではないので岩の上で休む。宿でもらったおにぎりを食べ、靴下とジャージを絞り、また履いた。ここでも人に会わなかった。
9/1 9合目三眺山は小広いが南風が寒くて北側に逃げる。 |
9/1 背負子投げの難所。親不知子不知より怖かった。 |
看板に導かれて尾根の北側を歩き、すぐ背負子投げの難所というところに出る。岩場の下りでただの安全靴ではちょっと怖い。ロープが張ってあるのでそれに頼って下った。背負子投げの難所からはあまり人の手が入っていないらしく、草が伸び放題である。足元は少し削れているし草が生えていないので道に迷うことはないが、ジャージが朝露で濡れて気持ち悪い。こんなことならカッパの下も着ておけばよかったと後悔するが、後の祭り。加えてメガネが霧で露がついてしまい視界が悪い。
9/1 9合目三眺山から登山道合流点までは草が刈られていない。 |
9/1 親不知子不知の直前、南側が切れ落ちているところに出る。 |
ザレた稜線を登っていくと親不知子不知。ここから鴛泊登山道へのトラバースに入るが、ガスっていたにも関わらず特に迷った覚えはない。看板が立っていただろうか。トラバースに入ってすぐザレ場のトラバースに入る。ペンキが少ないが、踏み跡がしっかりしているので迷わなかった。50mほどの短い区間だったのでもっと大きな崩壊地が核心部なのだろうと思っていたらザレ場はそこだけだった。ガスっていて写真で見るほど高度感はないし、思ったほど傾斜もきつくなかった。2年前の戸隠山もガスのため核心部の蟻の塔渡りに気づかず巻いてしまったのを思い出す。
9/1 沓形登山道は山頂に直登せず途中で鴛泊登山道へトラバースする。 |
9/1 親不知子不知はガスっていたため写真で見るほど高度感がなかった。 |
9/1 ヨツバシオガマに似た葉っぱの白い花。 |
9/1 ゴゼンタチバナの実。 |
トラバースを終えると急な登りがあり、沓形からの登りにしてよかったと安堵する。道にはゴゼンタチバナやヨツバシオガマに似た花が咲いていた。木の階段を登っていくと鴛泊登山道に合流する。結局沓形登山道では誰にも会わなかった。
9/1 濡れた岩場があって地味に登りにくい。下りに取らなくてよかった。 |
9/1 鴛泊登山道合流点に到着。 |
合流点で少し休もうと思ったが、西風が強くとても休む気にならない。利尻山山頂に向かう。スコリアの脆いれきで3mくらい溝状にえぐれた登山道の階段を登る。ひとしきり登ると西側がすっぱり切れ落ちてロープが張られているところに出る。ガスでよく見えないが、沓形から直登コースを設定できないのはがけだからなのだろう。
利尻山北峰に到着する。エアリアマップで5時間5分のところ3時間20分だからいいペースだ。山頂には単独行らしい3人が休んでいた。まわりはガスで何も見えない。本峰を眺めてもガスでよく見えない。ローソク岩もどこにあるのかわからなかった。うち1人に写真を撮ってもらいながら何時に出発したか聞いたら野営場を4時半とのことだった。やっぱり沓形登山道の方が出発の標高が高い分、有利なようだ。
9/1 ガリー状に削れた登山道を登る。階段が急でつらい。 |
9/1 三角点のある利尻山北峰で記念撮影。ガスで隣の本峰も見えない。 |
また宿でもらったおにぎりを食べ、出発した。下る途中で同宿の女性が登ってくるのに会う。私とそう変わらない速さで登っているようだ。沓形登山道への道を分け、木の階段を下る。鴛泊登山道は登山者が多い。ちょくちょく登ってくる人に会う。沓形登山道とは大違いだ。ダケカンバみたいな木の樹林帯に入り、9合目。9合目は広く、トイレもあるが、1人しか休んでいなかった。また木の階段を下り、利尻岳山小屋。中は土間と2段の蚕棚になっていて3人が休んでいた。邪魔しちゃ悪いと思い、先に向かう。8合目長官山は岩が出ているが広いのでここで休むことにする。向かう道が尾根沿いか西側かわからずうろうろしていたら先行していた外人さんに西側の道と教えてもらった。
宿からもらった弁当のうち最後のゆで卵と魚肉ソーセージを食べる。ときどき風が吹いてきてアルミホイルが飛ばされそうになる。ガスはだいぶ薄くなってきて濡れるということはない。ただ、靴下とジャージが濡れたままなのでまた絞った。
9/1 7合目と6.5合目の間で景色が見えた。 |
9/1 6合目で休む。振り返ると長官山が高い。 |
しばらく下って第2見晴台。先ほど会った外人さんが休んでいた。さらに急な道を下っているとこんな時間に登る客がいる。今日は午後から天気がよくなるのでそれを狙っているのだろうか。6合目第1見晴台に着くと、雲が取れて鴛泊港が見える。振り返れば長官山も高い。眺めがいいのでここで大休止することにした。持ってきたパンを食べたり、靴下を乾かしたりする。
5合目を過ぎればだいぶなだらかになる。4合目までくれば森の散歩道といった感じだ。トラノオの花とか青い実の何かを見ながら歩く。乙女橋という立派な木道を過ぎるとポン山分岐の3合目。すぐ下に甘露泉水があり、掬って飲むと冷たくておいしい。火山なのに常時水が湧き出ているのはうらやましい。3合目で市街地まで下る旧登山道と車道の通じる北麓野営場への道が分かれる。旧登山道を下ってもよかったが、そこそこ疲れたので新道を下って宿に迎えに来てもらうことにする。
9/1 日本百名水にも選ばれたという甘露泉水。 |
9/1 北麓野営場管理棟に下山した。 |
少し下るとタイル舗装となり車が入っていることをうかがわせる。やがて北麓野営場管理棟と書かれた立派なログハウスに着いた。広いテント場やコテージ、トイレに靴の泥落としなど設備が充実している。ここで宿に電話をかけ、迎えに来てもらった。宿の主人からは早いですね、と言われた。
5分か10分ほどで迎えに来てもらい、温泉へ連れて行ってもらった。じっくり温泉に浸かって宿い帰り、その日は写真の整理をしたり、記録をつけたり、お土産を買いに行って過ごした。
なお、翌日8:30の船に乗り稚内へ戻った。
久しぶりに7時間近い山行で疲れた。
前日の雨があって登れるかどうか不安だったが、ガスに巻かれただけで登れたのはよかった。下山して夕方になるとガスが取れていたのは少し残念だったが、宿の主人曰く1日中、山頂が見えていることはほとんどないそうなので、ガスに巻かれたくらいで登れてよかったのだろう。
沓形登山道は鴛泊登山道に比べて難しいとのことだったが、9月で雪もなく進退窮めるような場所はなかった。気になったのは避難小屋までの道が沢になっていて歩きにくいこと、三眺山から先が草が刈られておらず朝露で濡れることであった。また、難所としてあげられる親不知子不知よりは背負子投げの難所の岩場の方が下りにくかった。
鴛泊登山道は道に迷うところはほとんどなく人も多い。下りが長いので膝に負担をかけないよう歩くのが気をつけるところだろうか。無事下ることができてよかった。