山ノ中ニ有リ>山行記録一覧>2016年山行一覧>北アルプス・黒部川黒薙川北又谷(敗退)
黒部川最大の支流である黒薙川は、北アルプスの最北に位置する朝日岳を中央に、向かって右側に白馬岳、鉢ヶ岳および旭岳を源流とする柳又谷と、左側に犬ヶ岳、および初雪山を源流とする北又谷によって形成されている。この二大支流は、黒部本流から10kmほど入ったところにある二股で合流し、黒薙川本流となって黒部川に流れ込んでいる。
柏瀬祐之、岩崎元郎、小泉弘編「日本登山体系5 剣岳・黒部・立山」(白水社,2000)p.184
北又谷の位置は上記の通りである。冠松次郎は「渓(たに)」で何度も北又谷に言及し、美渓とたたえている。
トロと言えば私は、黒薙川の北又谷を想い起す。この谷は長トロ、魚止ノ滝から始まり、イブリ谷落口、漏斗谷落口を中心に、滝と激流を挾んで美しいトロが断続している。森林は濃密、岸壁も壮麗で、渓音の奏楽の裡にトロは静かに流れていく。谷は大きくはないが、北アルプスで稀に見る美渓である。
冠松次郎「渓(たに)」(中公文庫,1989)P.38 トロを行く楽しさ
一方で難しい谷である。関東周辺の沢では5級、沢登り入門とガイドでは5級、沢登り銘渓62選では滝登攀グレード3級上(魚止滝)となっている。登攀と泳ぎの両方ができなければ突破できず、しかも増水時は遡行もエスケープも困難となる。
私自身はこの夏あまり沢登りをしていなかったので、夏にどこの沢に行きたいと考えはなかったのだが、Kさんの提案もあって北又谷になった。Kさんは一度行ったことがあるそうだが、泳ぎがあって難しかったそうだ。いくら難しいと言っても見てみないと何とも言えないしな、とあまり難しさには気にかけずに行くことにした。
0日目 |
2016年8月23日(火) |
新宿=(夜行バス)
前日、高速バスに乗車するためバスタ新宿に集合する。まだ夏休みだけあって混雑している。私のザックがKさんのザックより一回り大きい。重さも私の方が重そうだ。装備も食料も等分に分けているはずなのだが、何を軽量化できなかったのだろうか。不思議に思いながらバスに乗車し、すぐに寝た。
1日目 |
2016年8月24日(水) 晴れ |
富山=泊=越道峠…1030mコル…北又谷700m出合…魚止滝…北又谷700m出合(泊)
越道峠 | 7:55 |
8:14 | |
1030mコル | 8:55 |
9:07 | |
北又谷700m出合 | 10:07 |
10:40 | |
魚止滝下 | 11:31 |
12:51 | |
北又谷700m出合 | 13:25 |
18:10就寝 |
睡眠時間を減らしておいたおかげもあってよく眠れた。6時ごろ富山駅北口に到着し、地下道を通って南口に出る。あいの風とやま鉄道の泊行き列車の出発までは時間があったため、Kさんは蕎麦を食べに行っていた。私は眠いので柱にもたれて寝ていた。列車に乗っても寝続ける。
泊駅に着くと、予約していた黒東タクシーが待っていた。いろいろと気遣いしてくれる運転手さんで、コンビニに寄らなくてよいかとか水は汲んでいくかとか尋ねてくれた。お言葉に甘えて小川温泉で水をもらう。車から見る小川は濁っていて印象が悪い。運転手さん曰く、昨晩は平地では雨が降っていないとのことだが、山は降ったようであった。
越道峠に到着し、9,000円を支払う。別れ際、登山届を提出したか尋ねられ、提出していないと伝えたら代わりに交番に持って行ってくれた。越道峠は北又小屋側に工事用のヤードと越道峠の石柱があるだけだ。水を持っていなければ北又小屋方面を少し歩いて沢で汲むしかないだろう。
8/24 越道峠でタクシーを下車する。泊駅から9,000円。 |
8/24 1030mコルまでの道はピンクテープの貼付や倒木処理がされていた。 |
北又谷へ出発する。日本登山体系や関東周辺の沢など古い本では、北又ダム建設以前なので北又小屋からの入渓が一般的だったようだが、今は沢登り銘渓62選のように北又ダムを迂回するために越道峠からの登山道と枝沢下降が一般的なようだ。私たちも後者の方法をとる。
1030mのコルまできれいに刈り払いされた道を行く。尾根伝いではなく、尾根の南側をトラバースし、1084m三角点峰の西で尾根を乗っ越す。尾根の西側をトラバースし、1030mコルについた。無駄な登下降のない合理的な道のつけ方で感心した。刈り払いだけでなく、ピンクテープやピンクの紐があり、よく整備されている。ただ看板類は一切なかった。道はさらに定倉山方面へ伸びていたが、林業などの巡視路だろうか。1030mコルで休む。
枝沢を下る。10分ほど下ると水が出てくる。ただ草も多く生えているので普段よりも水は多いように感じた。足元がグズグズなので沢タビに履き替える。倒木を越えたりしながら下る。大きな滝はなく、深い淵もない。北又谷に出る直前の右岸が崩れていて地盤が緩い。8mほどの滝があるが、右岸から降りられる。
8/24 1030mコルから東の枝沢を下る。 |
8/24 枝沢は谷が狭い割に水が多い。 |
8/24 北又谷に出る直前右岸に崩落跡があった。 |
8/24 北又谷に出たところ。河原はほとんどない。 |
枝沢の崩れで埋まってしまったのか、増水しているのか出合に河原はほとんどない。北又谷を少し上流に歩いて丸石の河原でハーネスを装備する。水はやや白く濁っていて冷たい。出だしから足がつくかつかないかの渡渉を強いられる。川の右側をへつりながら歩くが、魚止滝の手前で泳がされる。魚止滝は大きな釜を持ち、容易に近づけない。水線沿いは泡立っていて近づくのは危なさそうだ。右手のリッジを少し登り、ルンゼを下る。そこから落ち口に向かってトラバースだが、スタンスは小さく濡れているし、支点も少なく、進めない。空身でも挑戦するが、下の釜がまるで洗濯機のように泡立っていて落ちたら最後這い上がれないように見える。今日はおそらく増水しているだろうし、明日また挑戦しようと引き返す。
8/24 枝沢の少し上流の河原でハーネスを装備する。 |
8/24 腹まで浸かりながら横断し左岸を進む。 |
8/24 魚止滝が見えてきたが到達するのも大変である。ここは左岸を泳いだ。 |
8/24 大きな釜をたたえる魚止滝。 |
8/24 今日進めたのはここまで。落ち口へのトラバースがスリップしそうで進めない。 |
8/24 枝沢出合に戻り幕営。 |
幕営できる箇所はハーネスを装備した枝沢出合の50mほど上流側くらいしかない。砂地をならしてテントを張る。焚き火を囲んで酒を飲んでいる間に少しは水位が下がったように見えたが、目分量なのでなんとも分からない。明日は状況が好転していることを祈って寝る。
2日目 |
2016年8月25日(木) 晴れ |
北又谷700m出合…魚止滝…北又谷700m出合…1030mコル…越道峠…北又小屋(泊)
北又谷700m出合 | 5:00起床 |
7:00 | |
魚止滝下 | 11:31 |
12:51 | |
北又谷700m出合 | 10:30 |
11:26 | |
1030mコル南 | 13:00 |
13:30 | |
1030mコル | 13:36 |
越道峠 | 14:03 |
14:20 | |
北又小屋 | 14:55 |
19:40就寝 |
夜は雨が降らなかった。水位は5cmほど下がっただろうか。水の濁りはだいぶ取れたように見える。昨日同様左岸をたどって泳いで魚止滝に達する。落ち口へ向かってのトラバースはKさんが空身で挑戦する。ハーケンを1本打ち、シュリンゲに手を伸ばしながら慎重に足を運びトラバースに成功する。ザイルをフィックスしてザックを取りに来る。私もその後トラバースするが、滑りそうで怖い。スタンスを選びながらなんとか落ち口に出る。
8/25 魚止滝に戻ってきた。滝の奥に朝日が差して神々しい。 |
8/25 Kさんが魚止滝を突破する。 |
8/25 魚止滝上流のゴルジュ。 |
8/25 魚止滝上で左岸をへつっても泳いでも突破できない。 |
とりあえず幕営した枝沢出合に戻って休む。まだ2日目であり、4泊5日の行程を組んでいるので時間はある。Kさんの白馬岳のエアリアマップを見ながらこのあとの展開を考える。
以上の3つをKさんに提案した結果、3番の朝日岳登山コースに決まった。私は前者2つは帰るだけだし、3番は沢道具一式背負って朝日岳を越えるのも乗り気でなかったし、消極的でどれでもよかった。2人とも蓮華温泉に行ったことがなかったのが決め手になった。
枝沢を登って越道峠に引き返す。水を汲んで詰めるところで左へ進んだようでコルの南側に出てしまった。平たい稜線で方向感覚もずれてしまった。北と南が逆になってしまったが、Kさんのアドバイスで正置した地図と頭の中が一致した。樹間から定倉山が見えたのが決め手だった。尾根を6分歩くと1030mコルに戻ることができた。
刈り払いの道を下り越道峠に着く。日差しが照って暑いので北又小屋方面に少し歩いたところで休む。どうせ車こないだろうと思っていたら北又小屋から越道峠に向かってくる車があって慌てて避ける。林道を下って北又小屋に着く。途中、サルがいてキャアキャアうるさかった。舗装の下り道は足に悪くマメができてしまった。
8/25 越道峠から日陰を探して北又小屋方面に1分ほど歩いたところで休む。 |
8/25 北又小屋の主人は少ししたら戻ってきた。 |
北又小屋には誰もおらず玄関にはしばらくあけると張り紙があった。鍵は開いているし、裏手の窓は網戸のままなので夕方には帰ってくるのだろう。小屋からダムの様子を見るとアジテータ車が停まっていてどこかにコンクリートを打っているようであった。
一段上がった芝生にテントを張ることにする。ロープを張って物干しする。16時前くらいに小屋の主人と何人かが来てどうやら食料を運び込んできたようだ。テントの登録をすると1人1000円とやや高い値段であった。ビールを買ってテント場に戻る。蚊取り線香を分けてもらったが、いつの間にか襲いかかっているブヨには効果が薄く、手首のあたりをはじめ10箇所ほど刺された。富山県東部の南部に大雨洪水注意報が発表されていたが、東部の北部である北又小屋は降らなかった。
大して行動したわけではないのだが疲れてよく眠った。
北又谷は難しかった。入渓まではともかく、入渓点から魚止滝までの300mほどの間でも泳ぎがあり、魚止滝もスリップしそうなトラバース、その先も流されそうな淵と短い間に多くの困難があった。これほど直感的に実力不足だなと感じられる沢も初めてであった。水量が減ったり釜が埋まったりしても遡行できるかどうか分からない。
敗退して翌日午後から雨が降り続けたので最初の魚止滝で進めなかったのは幸運だったかもしれない。
(2016年8月28日記す)