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2006年夏 - 奥多摩・小菅川本谷


2006年7月1日(土)、2日(日)
場所
山梨県北都留郡小菅村・丹波山村/奥多摩
コース
1日
JR奥多摩駅=(西東京バス)=深山橋…小菅バス停…740m棚倉沢出合上(泊)
2日
740m棚倉沢出合上…(小菅川遡行)…770m堰…(林道歩き)…林道終点…(小菅川本谷遡行)…二俣…(山道)…大菩薩峠道1720m…追分…丹波山温泉=JR奥多摩駅
参加者
単独行
天気
24日くもりときどき雨、25日くもりときどき雨
参考文献
奥多摩渓谷調査団「奥秩父大菩薩高尾の谷123ルート」(山と渓谷社,1996)
06奥多摩・小菅川本谷の地図

はじめに

 前の週に滝川水晶谷に行き、ひさしぶりに沢で泊まったのに味を占め、またどこかで沢に泊まりたくなった。

 そこではじめに考えたのが奥秩父大洞川和名倉沢であった。和名倉沢は流程が長く沢の中で一泊するのが普通である。私が大学2年のときに行って以来だし、そのとき一度もザイルを出さなかったので一人でも行けるだろうと考えて計画した。流程が長いため金曜日の前夜発を予定していたが、金曜日夜は水水論文の修正で頭をひねっていたため土曜の朝に出発することにした。

 1日朝。4:30に起きると強い雨が降っていた。これは1日中雨だろうと考え、山行を中止し二度寝。もう一度11時頃に起きると曇り。ときどき晴れ間が見え、蒸し暑い。山行中止は失敗であった。

 そこで今から前夜発日帰りで行ける沢を急きょ探す。考えたのは奥秩父笛吹川東沢西のナメ沢である。これなら初級だし、東沢釜の沢に行ったときに場所も確認しているので安心である。問題はバスの時刻。手元に時刻表がないので確認しようがない。塩山駅についてバスがなければ塩山で泊まることになってしまう。それでは当初の目的である「沢で泊まる」が実行できない。

 少し考えて近くの図書館に行く。幸い時刻表を見つけることができたが、塩山発西沢渓谷行きの最終バスは14:00。時刻は12:00。今から行っても間に合わない。従って東沢流域はパスということになった。

 最終バスのことを考えると今から行けるのは奥多摩か丹沢か。丹沢はどこも沢が短く、一泊する気も起きない。そこで奥多摩に行くことにした。で、奥多摩で初級でそれなりに長い沢を探す。唐松谷、倉沢谷塩地谷などが浮かぶが、唐松谷は林道歩きが長く河原で泊まれない。倉沢谷も同じだし、水量が多そうなので一人で歩くにはちょっと怖い。そこで今まで全く目を向けていなかった小菅川に行くことにした。「奥秩父大菩薩高尾の谷123ルート」によれば初級、小菅のバスならまだ間に合いそうだし、長い分寝る河原にも困らなさそうだ。改めて図書館の時刻表でバスの時刻を確認し、家で少し待機して14:30に出発した。

1日目

2006年7月1日(土)

JR奥多摩駅=(バス)=深山橋…小菅川740m棚倉沢出合上(泊)

コースタイム
深山橋17:58
小菅バス停20:29
20:31
740m棚倉沢出合上21:00
21:50就寝

 奥多摩駅について驚愕の事実が知らされる。小菅行きの最終バスはすでに出発していた。私が時刻表で確認していたのは平日の時刻、土曜はそれよりも1時間早かった。しばし茫然としたあと、どうするか考える。いまから行けるのは日原方面と鴨沢西まで。計画段階で考えた日原川唐松谷か日原川倉沢谷への変更を考えるが、地図も遡行図もない。せめてどちらかがあればエアリアマップはあるので何とかなりそうなのだが。改めて手元にある地図を確認すると丹波、七保、大菩薩峠。山域が丹波方面に偏っているため日原方面への変更は難しい。遡行図も小菅川本谷の分しかコピーしていない。

 しかたがないので出発前の計画通り、小菅川本谷に行くことにする。しかし、それも2つの選択肢がある。一つは鴨沢西行きのバスに乗り、深山橋で下車、小菅川沿いの道10kmほどをひたすら歩く。もう一つは今夜奥多摩駅で寝て日曜日小菅行きの始バスに乗り、小菅川本谷へ行く。まだ18時と寝るには早いので第一の選択肢を選ぶ。車道歩きするなら唐松谷でよかったじゃないかと後悔するが、どうしようもない。

 しばらく駅前のバス停で待ち、鴨沢西行きのバスに乗車。乗客は2人。一人は境橋で下車、私は深山橋まで乗った。

 深山橋で下車し、あとは車道に沿って歩く歩く。歩き始めてすぐに日は暮れ、車通りも少ない。ノンストップで小菅バス停まで歩いた。所要2時間半。小菅バス停では中学生か高校生か判別付かないが男2人がしゃべりしていた。その横で明日のバスの時刻をメモし、また出発。それまでしゃべっていた2人は不審者の登場に鳴りを潜め、ひそひそ声で話し合っていた。

 そこから30分ほどでアスファルトの道は砂利道に変わる。やがて水の落ちる音が聞こえてきたので地形図記載の標高760mの堰であろうと考え、このあたりから下ろうと考える。堰の上ならばいちいち堰を巻く必要もなく、寝るのに適した河原が広がっていることが多いからだ。都合よく小菅川に下る道を見つけ下って行く。上流へ向かいながら下る道である。途中分岐があったが、さらに巻いて上流に向かう方を選んだ。下り付いたところには木の橋が2つ架かっており、これを渡って右岸へ。木の橋のうち一つは壊れていた。適当な河原を見つけ、そこで銀マットを広げて寝ることにした。ツェルトも持ってきたが立てるのがめんどうなので銀マットとシュラフカバーだけで寝る。

 記録を書いている今、地図からこの場所を断定すると棚倉沢出合上である。25,000分の1地形図には載っていないが、「アルペンガイド6 奥多摩・奥秩父・大菩薩」(山と渓谷社、1997)P.283の地図には棚倉沢出合のすぐ上流に牛の寝通りショナメへ通じる道が薄く載っている。その道は小菅川左岸を走る林道から当然小菅川を渡っているのでおそらく橋があると考えられる。今回泊まった地点にも橋があり、この条件が一致することから棚倉沢出合上に泊まったと考えられる。

 さて、待望の「沢で寝る」である。沢で寝ると言ったらたき火である。暗いし夜も遅いが、今日沢に来たのはたき火をするために来たようなもんだ。適当な薪を集めるがどれも湿っている。しかも暗くてあんまり遠くまで行けない。近くにあった枝を拾い集め火をつけるが全然火がつかない。何度か新聞紙を燃やすが一向にだめ。しかたがないのですべての新聞紙を燃やし、ふてくされて寝た。

2日目

2006年7月2日(日)

小菅川740m棚倉沢出合上…小菅川本谷遡行…仕事道…丹波=(バス)=JR奥多摩駅

コースタイム
740m棚倉沢出合上3:30起床
4:12
770m堰4:40
林道終点5:30
1050m付近5:40
5:55
二俣7:19
7:30
小菅川本谷1620m付近8:00
8:05
丹波大菩薩峠道8:15
8:37
追分9:55
藤タワ10:25
10:28
丹波山温泉11:18
14:20
奥多摩駅15:10

 まだ3:30と暗い中起きる。幸い雨は降らなかった。カップ麺を食べ、明るくなるのを待つ。4:00時はうっすらと明るくなってきたので歩き始めることにする。

 「奥秩父大菩薩高尾の谷123ルート」には林道終点からの遡行が紹介されている。しかし、林道終点からでは遡行時間は3:30と非常に短い。ここまで3時間も車道歩きをしてきた身としては林道歩きよりも長く沢登りを続けていたい。そこで今回の山行では林道終点ではなく、もっと下流から歩き始めることにした。つまらない河原であってもその方が車道を歩いた甲斐があるというものだ。

 薄暗い河原をよたよたと歩き始める。浅い瀬が続き、河原には草が生え、なるほど遡行対象とはなっていないことがよく分かる。それでもたらたらと平和な河原を歩くのは悪くない。

 が、その平和を脅かすが現れる。これは左から巻くことができた。これは地形から地形図記載の760m堰ではないかと思う。その先直線が続き、右に枝沢を分けたあと左へ急に曲がる。770m付近である。両岸狭まりゴルジュの始まりを期待させる。しかし、右へ曲がるとまた堰。しかたがないので右から巻く。巻いているとその先にも堰が。2段目の堰には道が不詳なため下れない上に、遠く3段目の堰が見える。これは遡行不可能と判断し、林道に登る。

 林道に登り付き、林道に沿って上流へ向かう。なるほど、林道終点から遡行開始となっているのは堰が多くて遡行できないからだと判断する。がっかりしながらとぼとぼと林道を歩く。途中、白糸の滝、雄滝への道を分ける。それぞれに駐車場があり、白糸の滝駐車場には立派なトイレもあった。なお、25,000分の1地形図に載っている大菩薩峠への2つの道は入山点がどちらも小菅川の上流にあった。林道855mから追分に至る道は見つからず、代わりに白糸の滝を分けてからしばらくで一つ。林道がつづら折りになっている1000m付近からの道は見つからず、代わりに林道終点直前の1050m付近の日向沢沿いに道があった。

 昨日に引き続き今日も1時間ほど車道を歩いて林道終点にたどりつく。林道終点には車が2台泊まっており、人は乗っていない。釣り人がすでに入渓しているらしい。林道終点からすぐ登山道が続いており、そこに入ると5歩くらいで「通行禁止」の東京都水道局の看板がある。しかし、看板のあるところは薮で覆われており別に通行禁止でなくとも行きたくない。道は通行禁止の看板から折り返すように続いており、これをたどる。道はしっかりしており、安心できる。どのみち遡行図によれば入渓してすぐに堰を2つ越えなければならないのでこの道で堰を巻いてしまえば楽というものだ。

 しかし、道はどんどん登り日向沢と小菅川の間の尾根を歩くようになる。5分ほどで尾根を乗っ越す明瞭な道と出会い、小菅川へ向かう。たぶん日向沢出合にあった登山道だろう。しばらく下りがちの道を行くと沢に下れるところを見つけたので道を離れ沢へ向かう。しばらくで河原にたどり着いた。やっと本当の入渓である。

 私が入渓したところは河原とはいえ、私が泊まった河原と違って傾斜があり、ゴロゴロしている大きな岩の間を水が流れている。水量は少なく、深いところもなさそうだ。

 歩き始めると右に崩壊地があり、先ほど歩いていた道を押しつぶしていた。おそらくこの辺の道はあまり歩かれていないからこのまま荒廃していくのかもしれない。あまり歩かれていないと判断したのはこの道はどの地図にもガイドブックにも見たことがないからだ。しばらくで先ほどの道から続いていると思われる木の橋が小菅川を渡っている。

小菅川にかかる木の橋
7/2 小菅川にかかる木の橋。古い道だろうか。
最初の4m滝
7/2 ゴルジュ最初の4m滝。ぬめっていたので左から巻いた。

 のんびりと平凡な河原を歩いて行くが、岩のサイズが大きいので足を置く場所に悩みながら歩く。そして岩がぬめっていて滑る。河原歩き自体は平凡でいいのだが、歩きにくい。途中分流して狭まったところがあり、あえて突入してみる。分流していて流量は少なくシャワークライミングできた。

 4m滝が出てきて小菅川唯一のゴルジュの始まりである。ここで滝登りを楽しんでおかないと平凡な河原歩きに終始してしまう。4m滝は「奥秩父大菩薩高尾の谷123ルート」に従い右からへつり、水流沿いに登ろうとするが、思いっきり水流の中に入る上に岩がぬめっている。なんか落っこちそうなのでここは諦めて左から巻く。

次の4m滝
7/2 次の4m滝。左から取り付いたら1mくらい落ちた。
下段2m滝、上段6m滝
7/2 下段2m滝、上段6m滝。どちらも容易。これで小菅川本谷のゴルジュは終わり。

 次の4m滝。右がごつごつしているので右から登れそうだ。また右からへつってとりつくが、またぬめっていてとても体重を預けられない。しばらくトライした後おとなしく引き下がる。改めて左のバンド沿いに登ろうとする。しかし水面からへつってとりつくがほど登ったところでスルッと落ちた。しかも腹くらいまで水に浸かった。左肘も打って痛い。自分でも何が起こったか把握できないくらい唐突に落ちた。驚きながらその淵を脱出し、落っこちたことを確認する。どうやらここもスタンスがぬめっていたため落ちたらしい。もう落ちるのは嫌なので左から巻く。

 2つ目の4m滝から見えていた次の滝は大した落差もない滝で脇からすたすたと登る。次の6m滝は下を左から巻いて上を水流沿いに登る。そしたらナメがあってゴルジュは終わり。結局直登らしい直登をせずにゴルジュを抜けてしまった。目的の一つを失ってしまいなんだか充足感に欠けたまま歩く。

ゴルジュ上のナメ
7/2 ゴルジュ上のナメ。
12m滝
7/2 12m滝。右から巻き。

 ゴルジュが終わってすぐ上で右に枝沢を分ける。一見してただの分流に見えたので右の枝沢に入ってしまったが、すぐ間を大岩が分けていたので焦って本流に戻る。

 しばらくで12m滝。明らかに登れない。左にルンゼがあるからここからかと思ったら右かららしい。近づいてみると確かに残置ロープがあった。これを越えると滝らしい滝はない。

12m滝上の河原
7/2 12m滝上の河原。平凡。
二俣
7/2 二俣。右俣を行く。

 12m滝から30分ほどで二俣。行程の半分ほどきてしまった。「奥秩父大菩薩高尾の谷123ルート」ではここから支流の左俣に入り石丸峠に出ているが、私は遡行が終わったらとっとと帰りたかったので丹波へ早く下れるよう本流の右俣へ入る。右俣なら地形図に載っている道に出られるので沢を詰めなくてもよい。「奥秩父大菩薩高尾の谷123ルート」にあるケルンは見られなかった。

 右俣へ入ってから水流も少なくなり、倒木も増えてくる。左から入ってくる支流をいちいち確認しながら登って行くが、登って行くに従って倒木が増え、登りにくくなってくる。二俣から20分あまりで水がなくなるので水を汲むが、すぐ水流は復活する。

 倒木でいよいよ歩きにくくなってきてから左手を見るとなんか立派な道が見える。場所は1620m付近で地形図には載っていない道だ。しかし、よく整備された道なので荒れた沢を登るのは打ち切り、この道を辿ることにする。道は沢からほとんど離れておらず道に出るのに苦労はしない。しかし、入渓から2時間で遡行が終わってしまった。4時間車道を歩いてきて2時間の遡行とはなんともやりきれない。

小菅川本谷右俣を横切る仕事道
7/2 小菅川本谷右俣を横切る仕事道。右へ向かう。
丹波大菩薩道に出たところ
7/2 丹波大菩薩道に出たところ。左が歩いてきた仕事道、右が大菩薩への道。

 この道はどうやら1620mあたりの小菅川源頭をトラバースしているらしい。左へ行くとよく整備された道が小尾根を乗っ越していた。右へ行けばおそらく丹波・小菅から大菩薩峠への峠道に合流するに違いないと考え、右へ道を辿った。

 道はよく整備されているが結構急な道だ。5分ほどで峠道に合流する。そこで一本とり、沢タビを脱ぐ。合流点にあった看板には私が歩いてきた道は「山道」と記されており、人が迷い込まぬよう枝でバツ印が作られていた。またそこの看板は下る側に「小菅→」とだけ書かれており、この道が丹波には通じていないことを予想させた。丹波へ下り温泉に入りたかったのだが、しかたがないので小菅に下ることにする。小菅にも温泉があるが、バス停からは遠いようなので諦める。なにより小菅に下ると今日歩いた車道歩きの一部をまたしなければならないのがつらい。

 靴を履き替えて小菅へと下る。しばらくでフルコンバ小屋跡。狭い稜線だが木が刈られていて眺めが良い。丹波側へ下ると水も手に入るようだ。そしてそこにあった看板はここが丹波と小菅の分かれ道であることを示していた。つまり、小菅へしか下れないと思っていたこの道だが、どうやら丹波にも下れるらしい。よろこんで丹波への道をとる。

 この大菩薩峠から丹波への道は高校2年の秋に歩いて以来で、8年ぶりになる。枯れ葉が多くて歩きやすく、福ちゃん荘からだと思ったよりだいぶ短い時間で丹波に下ったと記憶している。歩きやすいのは確かでところどころ小走りしながら下る。この調子なら11時ごろに下山、温泉入って12時頃にバスに乗れそうだと算段する。道はおおむね稜線の小菅川側を巻いており、ときどき小菅へ下る道を分ける。

 丹波と小菅への道が最後に分かれる追分とおぼしきところで一本とるが、追分はその先10分ほど行ったところであった。追分はフルコンバ小屋跡と同様木が刈り払われており、眺めが良い。

 追分から下り始めると丹波行きのバスできたと思われるおばちゃんたちとすれ違う。マリコ川沿いの道は途中一カ所倒木で分かりにくいところがあった以外は歩きやすく早足で下る。

 藤タワに着くとそこの様子は前回と大きく変わっていた。藤タワのすぐ下に真新しい車道が通っている。前に来たときは越タワまで登山道だったはずだ。藤タワから丹波へはこのマリコ川沿いの車道、尾根沿いの高尾天平を越える道、北側の貝沢川沿いの道の3つがあるが、一番早いマリコ川沿いの車道を下る。

 だらだらと歩いて越タワに着き、車道を丹波へ下る。ローラー滑り台は前に来たときもあったような気がすると思い出しながら下る。青梅街道に出てバス停へ。丹波発のバスは少ないので温泉に入っている暇がないならすぐ乗ってしまおうと考えていたのだが、時刻表には残酷な表記があった。3時間待ち。

 いくら温泉に入れるとはいえ3時間も何するんだよ。と自問自答しながらとりあえず温泉に入るしかできることはないので丹波山温泉へ。温泉の入り口で更なる不幸が襲う。替えパンツ忘れた。小菅行きの終バスを逃したことといい、小菅川が堰ばかりで遡行できなかったことといい、なんかあんまりいいことがない。どれも事前の調べが足りなかったことが原因だが。

 しかたなく温泉入ってそば食って昼寝してバスに乗って帰った。そばは意外とうまかった。あとはホリデー快速おくたま号に乗って帰京した。

おわりに

 車道歩き4時間、遡行2時間、下りの縦走2時間40分と車道歩きに来たのか沢登りに来たのかよく分からない山行になってしまった。もう少し行きたい山リストを厳選してすぐ行けるように調べておかねばならないと感じた。あとバスの時刻表を手に入れておいた方がいい気がしてきた。

 小菅川自体はあんまりいい沢ではなかった。前述の通り、車道歩きが長い割に遡行時間は短い。岩はぬめっていて意外と登りにくい。平凡な河原歩きがほとんど。良い点と言えば沢を詰めずに道に上がれることだろうか。とりあえず当初の目的である「沢で泊まる」を実現できたからよかったようなものか。何度も行きたいという沢ではなかった。

 またこの1週間後くらいから左腕がひどくかぶれて皮膚科に通ったことを付け加えておく。医者に言わせるとツタウルシかなんかだそうだ。

(2006年7月2-3日記す)


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