山ノ中ニ有リ>山行記録一覧>2006年山行一覧>北鎌尾根で負った凍傷
北鎌尾根を登るという目的は果たしたものの、凍傷という代償を負ってしまった。この「2006年冬 - 北鎌尾根で負った凍傷」においてその反省の意味を込めて凍傷の状態を述べ、その原因と対策を考察する。
まず凍傷については以下の事典からの引用を参考されたい。
【凍傷】(英 frostbite)
皮膚が強い寒冷にさらされたために組織障害を起こした状態。症状を3度に分類している。
- 第1度凍傷
- 局所は潮紅あるいは紫藍色を呈し、浮腫性になっている。多くは自覚症状を欠く。
- 第2度凍傷
- 局所は硬く腫脹し、水疱を生じている。
- 第3度凍傷
- 組織が壊死を起こし、局所は暗紫色、のちに黒色となる。
原則的には第1度、第2度は回復し、第3度は黒変部で硬結萎縮してやがて脱落する。第2度で水疱が血性で暗紫調が強いものは、のちに壊死を起こすことがあり、注意を要する。本症の発生には寒冷の程度、持続時間、風、湿度などが関与し、また個人差が大きい。寒冷に不慣れな人、老人、虚弱者、やせた人などが重症化の因子となる。我が国では重症例の発生は少なく、冬山登山者、酩酊者、時に職業災害で発生する。治療は保温が第一で、第2度では感染予防、第3度では外科的処置を要する。
「南山堂 医学大事典(第18版限定版)」pp.1480-1481(南山堂、2001)
↑2006年12月30日(入山5日目、受傷2日目) 北鎌コルにて
上記の辞書の分類に当てはめると右手の各指先は第2度凍傷、両足の各指先は第1度凍傷にかかっていたと考えられる。
樹林帯を抜けたあたりから右手薬指、小指の感覚がなくなる。テントについてから見ると人差し指から小指にかけての4本の指先が凍り付いたように白くなっていた。指先を口に入れたりして暖める。痛みはない。
朝起きると指先が水ぶくれになっていた。薬指の水泡は破けていた。リンパ液らしきものが薬指の傷口から出ているため、ばんそうこうを貼っておいた。指先が凍り付いていた状態ではなくなったため、容態は好転したと思い、自分の手袋で行動する。
なお山と渓谷の記事によれば、水泡は破いてはならずリンパ液のようなものは血液の水分だそうだ(「山と渓谷」2007年2月号, pp.158-160)。
P6付近から右手薬指、小指の感覚がなくなる。テントについてから見ると水ぶくれが大きくなっていた。指先に弱いしびれあり。他のメンバーに症状を告白する。Hさんからもらった軟膏を塗る。Kさんから内側の手袋とオーバー手袋を借りる。
右手4本の指先の水ぶくれが少し大きくなる。また弱いしびれが続く。夜、左足親指の先に小さい水ぶくれを見つける。
右手4本の指先の水ぶくれが少し大きくなる。また弱いしびれが続く。
右手4本の指先の水ぶくれが少し大きくなる。また弱いしびれが続く。新穂高温泉に下山後、入浴時に左足親指先の水ぶくれが破けているのに気づく。なお右手は湯につけなかった。
新穂高温泉に下山後、松本の丸の内病院にタクシーで移動。応急処置(消毒、腫れがひく薬を塗布)してもらう。東京に戻ったらすぐ病院に行くよう言われる。
千葉の実家に到着後、タクシーに乗って近くの大きな病院に移動。急患として診てもらう。即入院。
毛細血管を拡張する薬を点滴してもらう。S病院のK先生が凍傷の症例を多く見ていること、4日午前にK先生がS病院で外来の診察を行っていることを山行のメンバーから聞く。
S病院に転院。診察を受ける。右手薬指先の切除の可能性を告げられる。9日の診察時まで毛細血管を拡張する薬を点滴し、様子を見る。
1日2回毛細血管を拡張する薬(ソリューゲンF、1回500ml)を点滴する。
また以下の飲み薬を内服する。
(説明文は受領した「おくすり説明書」による)
K先生に診てもらう。指先の切除は行わなくて済むことを伝えられる。皮膚が固くなりやがてその部分がはずれて、新しい指が下に現れるらしい。抗生物質(パンスポリンT錠200、朝昼晩1錠ずつ)を処方してもらう。
ソリューゲンFの点滴2回。
S病院を退院する。
水ぶくれがなく、しびれのあった指先の皮がむけ、しびれがとれる。
S病院へ2, 3週間おきに通院。水ぶくれのあった指は栗の外皮のように固まり、はがしてもらう。はがしてもらった箇所は爪がなく、指紋もなかった。また指先の感覚もなかった。病後の指先は非常に冷えやすいため外出時はかならず手袋をはめる。
水ぶくれができた指にも爪が生えそろう。みずぶくれが破れた右手薬指を除く、9本の指に感覚が戻り、冷えやすかったのも解消する。
右手薬指にも指紋が浮かんできて、感覚が戻ってくる。冷えやすさも1年前に比べ、だいぶおさまってくる。
2008年2月25日 病後の右手。受傷した人差し指、中指、薬指、小指のうち、薬指以外はほぼ元通り。 |
2008年2月25日 病後の右手薬指。水ぶくれが破れ、もっとも症状が悪かった指。第一関節で曲がったまま。ツメも以前より深い位置から生えてきた。コブになっているのは関節を鳴らす癖がついたため。 |
今回の凍傷の原因は直接的な原因と間接的な原因に分けられる。
直接的な原因は手袋の不備に尽きる。私の装備していた手袋を以下に挙げる(写真参照)。
凍傷時にしていたインナー手袋。五本指、フリース地、厚みは3mmほど。 |
凍傷時にしていたオーバー手袋。五本指、中綿入り、ゴアテックス。 |
この手袋が原因であることは、異なる手袋(対策の項で後述)を装備していた他のメンバーが凍傷にかからなかったことから分かる。
これらの手袋を装備した上での私の考える凍傷の過程は以下の通りである。
以上のような過程で指先が凍傷に至ったと考えられる。
間接的な原因は2つである。
「1.私の雪山の経験不足」と「2.自分の能力に対する過信」は一見、相反する命題である。普通、経験がない場合、自分の能力に自信はないからだ。しかし、経験の有無と自信の有無は必ずしも一致しない。経験(=能力)がなくて自信がある私のケースの場合、「うぬぼれ」という言葉で表現できるだろう。逆に経験があって自信がないとしたら慎重、あるいは臆病という言葉があてはまるだろう。
「1.私の雪山の経験不足」は「もし私の雪山経験が豊富であったなら」という仮定を考えると凍傷を防げたと考えられるので、背理法から経験不足が原因であると考えられる。仮定として以下の3つの文章を挙げる。
「はじめに」で3点指摘している不安にも関わらず、私は北鎌尾根を登ろうとした。登れると考えた根拠は実に「山行のメンバーに加えてもらったから」の1点である。
これは論理が逆転しており、誤りであった。「登る能力があるから、メンバーに加わる」のであって、「メンバーに加われるから、登る能力がある」訳ではない。
結局のところ、私には北鎌尾根に登るだけの能力がなかった。それは「おわりに」で触れたようにいくつか問題となって現れたし、行く前から3つの不安に代表されるように、うすうす分かっていた。「私には北鎌尾根に登るだけの能力がない」ということを正しく認識できなかったのが間接的な原因の一つである。
ではどのような手袋なら凍傷にかからないのか。
一つの例として凍傷にかからなかった3人のメンバーの1人が使っていたものを以下に挙げる(写真参照)。
凍傷後にKさんから借りたインナー手袋。五本指、材質は毛、二重構造、厚みは8mmほど。 |
凍傷後にKさんから借りたオーバー手袋。三本指(親指、人差し指、その他3本)、中綿なし、カモシカスポーツ製。 |
なお、この手袋は私の凍傷発覚後、Kさんから借りた手袋である。少なくともこの手袋をつけてからは指先が凍るようなことはなかった。
また手袋の不備についてはもっと慎重に装備を選ぶべきであった。一緒に登るメンバーに買い物に付き添ってもらうとか、店員に確認するとか方法がいくつかあった。私が買いに行ったときは山スキーをやる大学の後輩についてきてもらったのだが、山スキーと雪山で装備が若干異なることを知らなかった。
「1.私の雪山の経験不足」については一朝一夕で経験が身に付くものではない。これはどうしようもない。
「2.自分の能力に対する過信」は多いに対策の余地がある。もっと自分の不安を他のメンバーに伝え、相談すべきであったし、その上で「私には北鎌尾根を登るだけの能力がない」と参加を辞退することもできたのだ。
今となっては後悔先立たずだが、これからはもっと山域研究を行い、自分が登れる山かどうかを慎重に検討するようにしようと思う。